ベトナムといえば、北のハノイ、南のホーチミンが2大都市ですが、今回はベトナム最 大の観光地「ホーチミン市」をご紹介したいと思います。
面積: 2,090km2
人口: 7百万人以上いると推定されている(2001年)
行政区: 17区(1〜12区、TAN BINH区、PHU NHUAN区、BINH THANH区、GO VAP区、THU DUC区)
県: 5県(NHA BE県、CANGIO県、HOC MON県、CU CHI県、BINH CHANH県)
ホーチミン市の行政管轄区域は、北緯10.22.13〜11.22.17度、東経106.01.25〜107.01.10度にわたり、市中心部からハノイまで陸路で1,730KMの距離にある。海岸までは直線距離で50KM離れており、12KMの海岸線をもつ。市の土壌は、沖積土。河川、水路があるが、大河はない。最も大きな川はサイゴン川で、全長106KM。ホーチミン市は陸路、航路、空路、鉄道の全において南部交通の要所で、国道1号線と統一鉄道は、ハノイに通じ、国道13号線はカンボジアを通じてインドシナを貫通している。タンソンニャット国際空港は、ベトナム最大の空港で、市中心部からわずか 7KMの位置にある。
季節は、二期にはっきりと区別される。5月から11月までは雨季で、年間降雨量は1,979mm。乾季は12月から翌年の4月まで続く。年間平均気温は27.55度で冬はない。
市人民委員会の正面にあるホーチミン像
ホーチミン市の歴史
数千年にわたるベトナム建国の歴史にとっては、ホーチミン市はまだ新しい土地である。1668年のベトナム王朝の公文書でサイゴンの地名が記載されてから今日まで僅か三百年しか経っていない。かつてこの地はカンボジア王国の領土で、プレイノコール(=森の都)と呼ばれ、狩猟に使われ、17世紀にはカンボジアの副王が居住していたという。1698年初頭にグェン・ヒュー・カイン指揮官が阮王朝の命を受けて、南部を訪れたことが、サイゴン市設立300年の起源とされている。サイゴンという地名は、漢字では西貢と記載するが、サイはマンゴー(ベトナム語でソアイ、カンボジア語でスバイ)または原野のスラエ、ゴンは綿(まくらの綿として使われている)にちなんでいるとも、カンボジア語のTi Krong (街の意)が→Thai Gon (堤岸)→Sai Gonと変化したとも推論できるが、現時点ではまだ定説はない。
1859年、フランスの植民勢力により、南部ベトナムは攻略を受け、ザーディン市は陥落した。1862年サイゴン条約で仏領コーチシナが設立し、50万人都市計画が実施され、ボーナード総帥によってザーディン市は3つの府に分割され、それぞれの府はさらに3つの県に分けられ、その下に区、郡、村が置かれた。当時のサイゴンは、ザーディンが中央官庁所在地であるのと同時に、タンビン府の府庁、ビンズオン県の県庁も置かれていた。チョロンはタンロン県の県庁所在地であり、サイゴンと同じタンビン府に属していた。1864年にはチョロンがサイゴンから分離した。こうした都市開発を通じて、ベトナムの南北、東西各地に西欧的町並みが形成されていったのである。都市では基幹となる大通りと、四差点、五差点、七差点がつくられ、レンガ、セメント、鉄筋の高層建造物、広場、埠頭、公園が次々に建設された。
サイゴンは地理的位置、地質、恵まれた気候により、たちまち世界各地の商人が集まる都市になった。サイゴン港が1862年に完成してから、近隣各国の商船が忙しく出入りするようになり、サイゴンは南シナ海の真珠と呼ばれるほどに発展した。
1874年3月15日にフランス共和国大統領令によりサイゴン市が設立された。サイゴンは大都市となり、貿易センター、技術、サービス、交通各面での大型プロジェクトが次々と導入された。20世紀初頭にはチョロンもサイゴンに併合され、サイゴンはインドシナ最大の都市になった。その後フランス植民軍への抗戦がはじまり、1975年4月30日には、ベトナム民族独立戦争の終結地となった。1976年7月2日のベトナム社会主義共和国第6期国会第1審議においてサイゴンは、ホーチミン市と改名された。
観光資源
今日ホーチミン市は国内最大の観光地で、ベトナムを訪問する外国観光客の70%を吸収している。インフラの整備が整っていること、交通の便利が良い点の他に、豊富な観光資源に恵まれていることによる。
ホーチミン市は、1911年に故ホーチミンが救国の旅路で出航した地であり、ニャーロン港のホーチミン博物館は重要な史跡とされている。フランス統治期に建てられた建造物、クチの地下道、戦争・革命博物館が主な見所であるが、ダムセン遊園地、ウォーターパークなどの娯楽地が最近賑わっている。300年の時を経たホーチミン市には古寺、教会も多い。サイゴン、ザーディンから今日のホーチミン市に至るこの都市の文化的特徴は、伝統的なベトナム文化と、北方の中国文化、そして西欧文化の融合と調和だと言える。ベトナム南部、メコンデルタの中心地としての機能を果たすホーチミン市は、かつてクォックグー(ベトナム語のアルファベット表記法)による新聞の発祥地でもあり、今日でも全国の文化、芸能、芸術の最先端をリードしている。





