‘ベトナム2005’ カテゴリーのアーカイブ

ベトナムヘルメット事情

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
12月 01 2005 年

●ベトナムの風物詩のひとつがバイク通勤です。「一家に一台」といえば、日本では、もちろん車を指しますが、ベトナムではバイクといったところでしょうか?ベトナム人はノーヘル(ヘルメットなし)で道中をカッ飛んでいます。日本人の私にとって、「羨ましい」とも思う反面、「危険」と感じる事もあります。でも実際、ベトナムでは守っていない人が多いだけで、ヘルメットに関する法律は制定されています。
ホーチミン市では一般道路にヘルメット着用路線がありますが、2005年度計画でその路線を18から新たに30路線としました。また、2005年度末までには対象路線を120路線までに拡大する計画だそうです。
そして、2006年度には市内全線でのヘルメット着用を義務付ける計画もあるそうです。
一方ヘルメットに関して、新ビジネスが登場しました。ホーチミン市外の観光地ではバイク預かり業とともにヘルメット預かり業が大繁盛しています。取り扱いが簡単で紛失しても賠償額が少ないため、今後も人気を呼びそうです。しかし、ヘルメット嫌いのベトナム人全員がヘルメットを被り通勤という日がくるのでしょうか??極めて楽しみであります。

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ベトナム人の長年の夢 ハイヴァントンネル開通

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
11月 03 2005 年

●2005年6月5日、ベトナム中部(Da Nang 〜Hue間)にハイヴァントンネルが開通しました。ベトナム北部(Hanoi)から南部(HCM)を縦断する国道1号線上にある急勾配のハイヴァン峠(標高475m)は最大の難関となっており、トンネル開通はベトナム人の長年の夢でもありました。

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●ハイヴァン峠には、ベトナム戦争時にアメリカ軍がベトナム軍を監視していた塔が現存しており、今では有名な観光地点になっています。しかし、峠越えは急坂のため、峠のあちこちの場所で、車がエンジンブローしてしまい、止まってしまいます。修理もその場所で行うため渋滞にもなります。またベトナムではただでさえ、古い車やトラックが多いことから、車に付属している冷却水だけではエンジンを冷ますことができず、坂のいたるところに水の入ったドラム缶が設置されていたようです。

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●このハイヴァントンネルの工事は総期間、約5年間をかけて、日本のODA(政府開発援助)189億円の有償協力によって行われました。対向2車線でアプローチ道路、橋梁を含めると11.226km、トンネル全長は6.274kmと、東南アジア最長のトンネルとなりました。

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●6月5日のハイヴァントンネル開通式典には、ベトナム社会主義共和国のファン・バン・カイ首相、服部則夫在ベトナム大使、Da Nang、Hueの市長他、JBIC、コンサルタントの日本工営と工事に当たった関係者が多数出席し、盛大に式典が行われました。

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●Da Nang側から抜けるときは、Lien Chieu工業団地の中を通り抜け、トンネルに入ってHue市のLang Coビーチへ行くことができます。Lang Coビーチはベトナム人の間で人気があり、今後南部ベトナム人の観光客が同トンネルを通って増加すると予想され、Hue市を始め、中北部の各省からも大きな期待がよせられております。

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●物流面においても、トンネル開通によって1時間かかった峠越えが、6~7分に短縮され、道路の安全性、効率性が非常によくなりました。さらにタイ〜ラオス〜ベトナムを結ぶ東西回廊の拠点としても重要視されており、インドシナ半島の物流に大きく寄与することになります。

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●当社グループにとっても、同トンネルの開通によって、お客様の商品をより安全に、そしてより迅速に提供できることとなります。そして、ダナン支店もこのトンネル開通を機に、今後、東西回廊、ベトナム南北間の拠点として、更なる発展を遂げるように努力していきたいと思います。

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ホーチミン見所3

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
10月 01 2005 年

●サイゴン競馬場
1900年創設。1975年サイゴン解放後閉鎖され、1989年より再開している。レースは土日に行われている。

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●チョロン (中華街)
もともとビエンホアとミートに入植していた華人たちが、1788年にサイゴン付近のベンゲー河畔に移動し、市場を開いて以来今日までこの地区は発展し続けている。この街には手工芸品から工業製品にわたるあらゆる品物が溢れており、ホーチミン市在住華人の生活ぶりを見学に訪れる観光客で賑わっている。
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●チョロンの主な見所
チョロンで最大の市場。今から100年前に中国の潮州から無一文でサイゴンに渡って来たQuach Dam氏が、ごみ回収業から食糧卸しの大物に立身出世して、建てた市場である。ゲートを入った正面には、同氏を偲ぶ記念碑が残されている。現在はホーチミン市によって管理・運営されている。主に雑貨、食糧等の卸売りを行っている。
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●アンドン市場
1991年に設立された、衣服靴サンダルを主に扱う五階建ての市場。食料品、貴金属、鞄、手工芸品なども販売している。シーザーホテルと越華銀行が隣接している。
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●フランシスコザビエル教会
市民からはチャータム(タム神父)教会と呼ばれている。1900年12月3日フランシスコザビエルの記念祭の折に、モサード司教が華人への布教のための教会建設に着手し、1902年1月10日完成した。その後タム神父によって学校、保育園、宿舎が増設された。1934年タム神父が没し、教会に埋葬されたことにちなんで、タム神父の教会と呼ばれるようになった。鑑札や対句があり、華人の祠堂のような装飾が施されている。1963年11月2日のクーデターで、ゴー・ディン・ジェム大統領とゴ・ディン・ニュー大統領顧問が当時の大統領宮殿(現在のホーチミン市革命博物館)からこの教会に避難したが、捕らえられ装甲車でサイゴン市内への護送途中射殺された。
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●天后廟 (710 NGUYEN TRAI, DIS.5 AM6:00-PM5:30)
19世紀初頭に広東人によって建立された。航海の守り神である天后聖母を奉っている。廟内では巨大な渦巻き線香が天井からたくさんぶら下げられている。 1975年以降ボートピープルが故地を離れる前に南シナ海航海の無事をこの廟で祈った。そうした航海の生存者たちからの寄進がいまだに多い。
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●椰子の実教団サイゴン寺
既に廃寺となっているが、1975年以前ミートの本尊を中心に広まった新興宗教である椰子の実教団がサイゴンでの活動拠点だった場所。教祖は日中椰子のみを飲み食いして平和を呼びかけていたが、その思考の極端なことが1975年以降政府に嫌われ、活動禁止とされた。その後教祖は椰子の実教を牛乳教と改め活動を再開しようと試みたが、老齢で他界した。教祖の死後このカルト集団は解散している。
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ホーチミン見所2「南シナ海の真珠」

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
9月 01 2005 年

●サイゴン郵便局
1861年1月に着工した当初、簡素な設計で、1863年2月13日の完成時には、郵便と電信に2分されていた。1878年4月15日に郵便と電信が合併され、1890年建築士Vilolicの設計によって西欧と東洋の2つの様式を混合した建物が完成した。建物正面にかけられた時計は当時から使われているものである。

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●聖母マリア教会
市の中心部パリコミューン広場に聳える2つの鐘楼は、大教会とも呼ばれる聖母マリア教会である。フランスで設計され、フランスの建築士Bourardによって1880年4月11日に建立された。聖堂の長さは133m、幅35m、高さは21m。1895年に完成した鐘楼の高さは、57mである。
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●ホーチミン主席記念館 (1 NGUYEN TAT THANH, DIST.4)
サイゴン川とベンゲー川の交差点にあるこの建物は、1863年4月4日に起工された。ザーディン省文聖廟の瓦と欧州の資材を用いて,2階建て西欧式の建築をしたが、屋根は東洋式で、その美観によってこの建物は、ニャーロン(龍屋)と呼ばれている。建設費用は、フランスの海運会社Messageries Maritimes社によって賄われ、この建物は支配人の住居および乗船切符売り場として使われた。1911年6月5日グェン・タット・タイン青年、後のホーチミン主席は、ここから救国救民の道をすすむべく乗船したのである。1979年9月3日、ホーチミン市の決定によりこの建物をホーチミン主席記念館になった。館内ではホーチミン主席の生涯について様々な資料が展示されている。
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1 Ngyen Tat Thanh
8:00-11:30 14:00 _18:00 月・金休館 入場料1万ドン

●ベンタン市場
フランスがサイゴンを攻略した1859年より前から、ベンゲー河畔とサイゴン城の間にレンガ造りで萱葺き屋根の市場が存在していたが、1870年に火災に遭い、1911年には取壊しを行い、1914年3月に再建された。1985年にも内部、外部全面にわたる改装工事が行われたが、時計台のある正面の建物は、依然として昔の姿を留めている。
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●南部ベトナム婦人博物館
南部のベトナム女性は、戦時中に伝令や武器弾薬・ゲリラを匿うなどで解放勢力に貢献した。ここでは当時使われた用具、衣服の実物や家屋の模型を展示してある。中越紛争時に、脅迫を何度も受けながらも、中国のベトナム侵略を批判する内容の京劇のマドンナを演じて、暗殺された女優タイン・ガ−も紹介されている。
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65 Ly Tu Trong
8:00-11:30 13:30 _ 16:30 月曜休館 入場料1万ドン

●レ・バン・ズェット廟
今から200年前のこと、グエン朝の宦官であったレ・バン・ズェットは、タイソン農民反乱を抑えてサイゴン制圧した功があったが、2代目皇帝明命の就任にあたって長子でない事を咎めたので、その後冷遇され、死後には墓を壊されてしまった。明命皇帝没後、レ・バン・ズェットは名誉回復され、彼を偲んだこの廟が建てられた。敷地内にはトット・ノット(砂糖椰子)の木が植えられている。
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●覚林寺 (118 LAC LONG QUAN, DIST.TAN BINH)
ホーチミン市で最古の寺。1744年に建立、1804年、1909年に改築されている。庭園の草花、樹木の景観が美しく、静寂なたたずまいを見せている。また中国における仏教伝播で活躍した林祀一族を奉っている。
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ホーチミン見所1

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
8月 01 2005 年

●統一会堂
1873年着工した別荘で、かつてはノロドム(カンボジアの王朝名)宮殿と呼ばれていた。1954年に故ゴ・ディン・ジェム大統領により大統領官邸とされ、1963年に改築し、独立宮殿と名づけられた。延べ床面積2000m2、五階建ての宮殿内には大小100室が備わっている。1975年4月30日解放軍による宮殿のゲート突破によりサイゴン政権は陥落した。解放後、市管理軍委員会の事務所となり、1975年12月国家統一協商会議が開催された。その後独立宮殿は、統一会堂と改名、一般公開された。

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28 Vo Van Tan
7:30-11:00 13:00-16:00 無休 入場料5万ドン

●戦争証跡博物館
1975年9月に設立された当初は、アメリカ-傀儡戦争犯罪展示館と呼ばれていた。館内には、民衆を惨殺、拷問、流刑したり、枯葉剤を散布したり、北部ベトナムを爆撃した、アメリカ、傀儡政権の現物、写真を陳列している。飛行機、大砲、戦車、ギロチン、「虎の檻」と呼ばれたコンダオ島牢獄の複製2部屋も置かれている。その他、西南国境戦争(対カンボジア戦争)、北方国境防衛戦争(対中国戦争)、長沙・南沙(スプラトリー諸島)問題、敵対勢力の陰謀などについても展示している。博物館外では、土産屋、ベトナム民芸品展示コーナー、水上人形劇上演室などがある。当館の設立後20年にわたり内外多くの参観者が訪れているが、最も多いのはアメリカ人観光客である。  クチの地下道 市中心部より北西70キロ離れたクチ県フーミーフン村にあるクチの地下道は、ホーチミン市で最も有名な革命史跡である。地中深くに、多くの交差、連結をめぐらした地下道網には、台所、食堂、寝室、会議室、手術室、矢倉が設けられている。抗仏戦争当時は、約17kmだった地下道が、1960年以降には全長250kmまで発展していった。地下3階の構造で、最も深いところは地下10mもある。現在この革命史跡は、内外の見学客で賑わう行楽地となり、射撃場も隣接している。また敷地内には1995年12月19日に完成した戦没者慰霊堂がある。本堂内の石碑には、サイゴン、チョロン、ザーディンで戦死した 41,447名の犠牲者の氏名が刻まれている。
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28 Vo Van Tan
7:30-11:45 13:30 – 16:45 無休 料金1万ドン

●歴史博物館
建築士Delavalにより北京の頤和園(中国清代の夏離宮)をモデルに建てられ1929年1月1日に完成した。当初はBlanchard de la Brosse博物館と呼ばれ、主に美術品が展示されていた。1954年よりサイゴン国家博物館と改名されベトナム、チャム、クメール、中国、日本、各少数民族の美術品が展示されていた。1979年にホーチミン市歴史博物館、さらにその後ベトナム歴史博物館と改名された。現在一万七千点にのぼる貴重な古物を原始時代、雄王時代、李朝、陳朝、黎朝、西山朝、阮朝と時代順に陳列している。またベトナムの祭祀具、東南アジアの仏像、ベトナムおよびアジア各国の陶器、オクエオ文化、チャンパ文化について展示している。第五区界隈で発掘されたミイラの展示室もある。
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2 Nguyen Binh Khiem
8:00-11:30 13:30-16:30 無休 料金1万ドン

●動植物園 (2B NGUYEN BINH KHIEM, DIST.1)
フランス人熱帯植物研究者であるJ.B.Louis Pierreによって1865年に造営された動植物園は、世界で8番目に古い動物園で、国内およびインド、タイ、ラオス、カンボジア各国から集められて貴重な植物(ココア、コーヒー、バニラ、Jardin Acclimaterと呼ばれる砂糖黍など)が植えられ、珍種の動物も飼育されている。現在20haの敷地内では、125種類の590頭の動物、260種の1800本にのぼる樹木、23種の国内蘭、33種のサボテン、34種の盆栽を見学できる。
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2 Nguyen Binh Khiem
8:00-11:30 13:30-16:30 無休 料金1万ドン

●美術博物館 (97A PHO DUC CHINH, W. NGUYEN THAI BINH, D.1)
1991年より開館。建物はもともと華僑豪商の社屋だった。1階は内外の現代美術品、2階は内外の現代絵画と彫刻、3階は7世紀から20世紀にかけてのベトナム美術品、7世紀から17世紀にかけてのチャンパ、オクエオ美術品、17世紀から20世紀に至るベトナム骨董品を展示している。
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97 Pho Duc Chinh
8:00- 11:00 13:30-16:00 月曜休館 入場料無料

●ホーチミン市革命博物館 (65 LY TU TRONG DIST.1)
1890年に建てられた当初は、南部ベトナム特産物展示場だったが、後に南ベトナム総督の私邸とされた。日本軍の占領期には蓑田総督の私邸として使われた。1963年11月1日ゴ・ディン・ジェム大統領とゴ・ディン・ニュー大統領顧問がこの嘉龍宮殿の地下道を通じてクーデターの追っ手から逃走した。グェン・バン・チュー大統領の時代には、最高裁判所として使われたが、1978年8月より革命博物館として利用され、サイゴンの歴史、抗仏・抗米戦争関連資料を展示している。
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65 Ly Tu Trong
8:00-11:30 13:30 _ 16:30 月曜休館 入場料1万ドン

●ホーチミン市人民委員会庁舎
1871年よりフランス統治政権はこの場所に市役所建設を立案したが、1896年に建築士Gardesの設計を選定、1898年にLailhacar社に発注して、仕上げは美術家Bonnetに依頼して、1908年に完成した。1954年からは旧サイゴン政権の都庁となったが、1975年4月30日以降ホーチミン市人民議会と人民委員会の庁舎として使われている。
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ホーチミン市紹介

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
7月 01 2005 年

 ベトナムといえば、北のハノイ、南のホーチミンが2大都市ですが、今回はベトナム最 大の観光地「ホーチミン市」をご紹介したいと思います。
面積: 2,090km2
人口: 7百万人以上いると推定されている(2001年)
行政区: 17区(1〜12区、TAN BINH区、PHU NHUAN区、BINH THANH区、GO VAP区、THU DUC区)
県: 5県(NHA BE県、CANGIO県、HOC MON県、CU CHI県、BINH CHANH県)
ホーチミン市の行政管轄区域は、北緯10.22.13〜11.22.17度、東経106.01.25〜107.01.10度にわたり、市中心部からハノイまで陸路で1,730KMの距離にある。海岸までは直線距離で50KM離れており、12KMの海岸線をもつ。市の土壌は、沖積土。河川、水路があるが、大河はない。最も大きな川はサイゴン川で、全長106KM。ホーチミン市は陸路、航路、空路、鉄道の全において南部交通の要所で、国道1号線と統一鉄道は、ハノイに通じ、国道13号線はカンボジアを通じてインドシナを貫通している。タンソンニャット国際空港は、ベトナム最大の空港で、市中心部からわずか 7KMの位置にある。
季節は、二期にはっきりと区別される。5月から11月までは雨季で、年間降雨量は1,979mm。乾季は12月から翌年の4月まで続く。年間平均気温は27.55度で冬はない。
市人民委員会の正面にあるホーチミン像
ホーチミン市の歴史
数千年にわたるベトナム建国の歴史にとっては、ホーチミン市はまだ新しい土地である。1668年のベトナム王朝の公文書でサイゴンの地名が記載されてから今日まで僅か三百年しか経っていない。かつてこの地はカンボジア王国の領土で、プレイノコール(=森の都)と呼ばれ、狩猟に使われ、17世紀にはカンボジアの副王が居住していたという。1698年初頭にグェン・ヒュー・カイン指揮官が阮王朝の命を受けて、南部を訪れたことが、サイゴン市設立300年の起源とされている。サイゴンという地名は、漢字では西貢と記載するが、サイはマンゴー(ベトナム語でソアイ、カンボジア語でスバイ)または原野のスラエ、ゴンは綿(まくらの綿として使われている)にちなんでいるとも、カンボジア語のTi Krong (街の意)が→Thai Gon (堤岸)→Sai Gonと変化したとも推論できるが、現時点ではまだ定説はない。
1859年、フランスの植民勢力により、南部ベトナムは攻略を受け、ザーディン市は陥落した。1862年サイゴン条約で仏領コーチシナが設立し、50万人都市計画が実施され、ボーナード総帥によってザーディン市は3つの府に分割され、それぞれの府はさらに3つの県に分けられ、その下に区、郡、村が置かれた。当時のサイゴンは、ザーディンが中央官庁所在地であるのと同時に、タンビン府の府庁、ビンズオン県の県庁も置かれていた。チョロンはタンロン県の県庁所在地であり、サイゴンと同じタンビン府に属していた。1864年にはチョロンがサイゴンから分離した。こうした都市開発を通じて、ベトナムの南北、東西各地に西欧的町並みが形成されていったのである。都市では基幹となる大通りと、四差点、五差点、七差点がつくられ、レンガ、セメント、鉄筋の高層建造物、広場、埠頭、公園が次々に建設された。
サイゴンは地理的位置、地質、恵まれた気候により、たちまち世界各地の商人が集まる都市になった。サイゴン港が1862年に完成してから、近隣各国の商船が忙しく出入りするようになり、サイゴンは南シナ海の真珠と呼ばれるほどに発展した。
1874年3月15日にフランス共和国大統領令によりサイゴン市が設立された。サイゴンは大都市となり、貿易センター、技術、サービス、交通各面での大型プロジェクトが次々と導入された。20世紀初頭にはチョロンもサイゴンに併合され、サイゴンはインドシナ最大の都市になった。その後フランス植民軍への抗戦がはじまり、1975年4月30日には、ベトナム民族独立戦争の終結地となった。1976年7月2日のベトナム社会主義共和国第6期国会第1審議においてサイゴンは、ホーチミン市と改名された。
観光資源
今日ホーチミン市は国内最大の観光地で、ベトナムを訪問する外国観光客の70%を吸収している。インフラの整備が整っていること、交通の便利が良い点の他に、豊富な観光資源に恵まれていることによる。
ホーチミン市は、1911年に故ホーチミンが救国の旅路で出航した地であり、ニャーロン港のホーチミン博物館は重要な史跡とされている。フランス統治期に建てられた建造物、クチの地下道、戦争・革命博物館が主な見所であるが、ダムセン遊園地、ウォーターパークなどの娯楽地が最近賑わっている。300年の時を経たホーチミン市には古寺、教会も多い。サイゴン、ザーディンから今日のホーチミン市に至るこの都市の文化的特徴は、伝統的なベトナム文化と、北方の中国文化、そして西欧文化の融合と調和だと言える。ベトナム南部、メコンデルタの中心地としての機能を果たすホーチミン市は、かつてクォックグー(ベトナム語のアルファベット表記法)による新聞の発祥地でもあり、今日でも全国の文化、芸能、芸術の最先端をリードしている。

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ハノイの名物料理

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
6月 01 2005 年

●マイ・アイン うどん店 Tel 81234567
チキンうどんの専門店。かつてはNam Ngu通りのうどん屋に次ぐ位置にあったが、清潔さと明朗会計の甲斐あって、ハノイ随一のうどん屋として君臨している。鶏がらととんこつを周到に煮込んだスープは意外にも透き通っており、さっぱりした味わいである。
マイ・アイン うどん店

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PHO MAI ANH
32 Le Van Huu

●チャーカー
総業140年の老舗。雷魚をカレー粉など独特な調味料で味付け、葱、ビーフン、香草を混ぜて炭火の七輪で炒めて食べるハノイ名物は、この店でしか味わえない。
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CHA CA LA VONG
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●ブンチャー
やや大きめの揚げ春巻きとハンバーグと冷麦をつゆにつけて食べるハノイ名物。常に混雑しているときには、ほど近い67 DUONG THANHにある店舗に行くと良い。Hang Manh通りの他に、Mai Hac De通り、Nguyen Cong Tru通りにも何軒かある。暑い日の昼食に適している。
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Bun Cha Dac Kim
1 HANG MANH

●ガータン(チキンの薬膳煮)
漢方薬のスープで柔らかく煮たチキンを揚げパンと一緒に食べる。食欲がでない日の食事にどうぞ。チャーハンもある。
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GA TAN
13 TONG DUY TAN

●ソーイ(おこわ)
Haong Da市場正面にあるお店。チキン、豚角煮とゆで卵、ハム、ソーセージ、豚削りぶしと多種。1人前は4000ドン。お持ち帰り可能。おこわは、毎朝食べても何故か飽きません。朝と夕方のみ開店。
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XOI
41 DUONG THANH

●ブンボーナンボ(南部風まぜ冷麦)
南部風とはいいながらも、これはハノイ料理といえる。冷麦の具は、野菜、豚肉、ピーナツ。
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BUN BO NAM BO
65, 67 HANG DIEU

●ミーワンタン(ワンタン麺)
1979年の中越関係悪化による中国人一斉退去以降、中国人街で唯一残った麺家。ワンタン麺だけでなくチャーシュー麺、水餃子もある。Hue 通り, Mai Hac De通りにも麺家はあるが、このお店が最も古く、安くて美味しい。
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MY VAN TAN
TA HIEN STREET

現地駐在員への質問コーナー4

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
5月 01 2005 年

 「教育」はそれぞれの国が、自国の将来を見据えて真剣に考え、取り組んでいる問題です。
さて今回の質問は?
ベトナムの教育制度は?
幼児教育
生後3ヶ月から6歳までの幼児の養育と教育のためのもの。
幼児教育施設
1. 託児所:生後3ヶ月から3歳までの幼児が対象
2. 幼稚園:3歳から6歳までの幼児が対象
3. 保育園:生後3ヶ月から6歳までの幼児が対象で、上記2施設が一緒になったもの。
普通教育
1.小学校教育は、6歳から14歳の児童の全てが対象の義務教育であり、1年生から5年生までの5年間就学させる。1年生は6歳から入学する。就学期間中児童は、道徳、知能、体力、美術、技術の基本的な能力を中学教育まで継続するべく長期的に伸ばせる ための正しい発展をできるよう育成される。
2.中学教育は、6年生から9年生までの4年間にわたって行われる。小学校卒業証書を受けた11歳の児童が入学できる。この期間に小学教育の成果をさらに発展させ、普通教育レベルに到達し、就職を目指した技術面での見識を獲得させ、さらに普通中学、専門中学、職業教育もしくは就業に向かわせる。
3.普通中学教育は、10年生から12年生までの3年間行われ、中学校卒業証書を持つ15歳の学童が入学できる。この教育の期間に、それまでの教育期間の成果に踏まえて、さらに大学、短大、専門学校、職業学校もしくは就業のための普通教育と就業を目指した技能 取得ための教育が行われる。
普通教育の施設
1. 小学校
2. 中学校
3. 高等学校
4. 総合技術センター
職業教育
1.中等専門学校は、中学卒業者には3~4年間、高校卒業者には1~2年行われる。
2.職業教育は、職業に必要な教育レベルと健康が備わった者に行われるもので、短期で1年、長期で1〜3年行われる。
職業教育機関
a.専門中学校
b.職業学校、職業訓練センター、職業訓練クラス(職業訓練施設総称)
職業訓練施設は、独立したものもしくは生産・経営・サービス・教育施設に付随したものとして運営されている。
大学および大学院教育
大学および大学院教育は、
1.短大・大学教育
a.高校卒業もしくは中等専門学校卒業者を対象とした3年の短大教育
b.高校卒業もしくは中等専門学校卒業者を対象とした4~6年、もしくは高等専門学校卒業者を対象とした1~2年の大学教育からなる。
2.修士・博士レベルの大学院教育
a.大学卒業者を対象とした2年間の教育
b.大学卒業者を対象とした4年間もしくは修士取得者を対象とした2~3年間の教育
特別な場合には、教育訓練省の規定に従って博士課程の期間を延長すること が可能である。
その他政府は特別な専門分野における大学院教育について具体的な規定を定めている。
大学・大学院教育施設
1. 短期大学
2. 大学、修士課程、博士課程設置について政府首相によって認可を受ける
3. 博士課程教育レベルの科学研究所
大学の具体的な運営機構については首相によって規定されている。

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現地駐在員への質問コーナー3

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
4月 01 2005 年

 今回はベトナムの「結婚」について聞いてみました。
さて今回の質問は?
お見合い結婚、恋愛結婚どちらが多い?
経済と社会の発展に従って、人間も進歩して、生活面でもクォリティーを求めるようになる。だからこそ「私」自身をはっきりと意識し始め、恋愛について、人生についてその他いろいろなことについて、特に結婚相手についての観念は以前とは異なってきている。今日のベトナムにおいては、仲人の紹介による結婚はほとんどなくなっているといえる。いまだにお見合いが行われているとしてもそれは僅かで、厳粛な考え方はすでに残っておらず、知人同士の軽い社交的なよるものである。自分の意思に従った自主的な生き方をしている人は、社会との多様な関係を気づいているので配偶者と知り合う機会があり、自分自身で注意深く結婚相手を選ぶことができるのである。ということで現在のベトナムではほとんどが恋愛結婚である。
結婚適齢期は?
ベトナムの結婚・家族法によって、男性は20歳、女性は18歳から結婚できる。すべての国民は成人となってから結婚にあたって平等で自由な権利を有している。
早婚(法律の規定を満たしていない年齢での結婚)は、少数民族居住区や辺鄙な地域にのみみられる。女性の平均結婚年齢は25歳、男性は27歳。政府と各自治体は、成熟した家族生活を宣伝教育して、早婚をなくし、強制婚、できちゃった婚にならないよう性教育も行っている。若すぎて十分な経済的条件のないうちに結婚して望ましくない離婚のような惨事にいたらないための配慮である。
結婚式での衣装は?
現在新郎新婦の服装は、流行に従っているのであるが、一般には結納で女性は赤いアオザイに赤い頭飾をかぶる。婚礼日の新郎による送迎時に新婦は洋風の白い(ピンクは稀)ウェディングドレス一式を着る。新郎は暗いカラーもしくは白いスーツを着てネクタイを締め、靴を履く。一方農村部では、十分な条件がない場合には、新婦は赤いアオザイと赤い頭飾を着用し、新婦は暗い色のズボンに白いワイシャツにネクタイをするだけの簡易な衣装で挙式している。

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現地駐在員への質問コーナー2

ベトナムの生活情報, ベトナム2005 | 投稿者: web-master
3月 01 2005 年

 グローバル化が進む中、各国の外国語教育事情というのは気になるところです。
さて今回の質問は?
ベトナムでは外国語で何が一番勉強されているのか?英語?日本語?
1980年代以降ベトナムにおける教育システムではロシア語が初等教育から普通教育にかけて7年と12年の2つの過程に従って教えられてきた。1990年以降現在までグローバル化の進展の中でベトナム教育訓練省は考え方を変えて、学校教育においてロシア語を英語に切り替え、英語を必修科目にした。学校と学校のレベルによって英語の必修取得レベルは異なる(普通教育に従った7年と12年の過程がある)が、生徒のなかで英語専修コースも設けられ、優秀な生徒は全国英語コンテストに参加する 者もいる。
グローバル化進展の中でベトナム経済も徐々に変化している。外資合弁会社、外資独資会社の数が増え、外国語レベルが高い労働者の需要が高まっている。英語が世界的に普及している言語である故、各大学も英語講習コースを開設するだけでなく、学生たち自身が学外の外国語センターや外国語大学の専修コースなどを受講してスキルアップをはかっている。現在幼稚園から大学まですべての学校で英語の授業がある。特に都市部では英語学校が激増し、英語の試験や検定書発行などが行われている。
英語に続いてフランス語も普及している言語としてみなされている。
1930〜1940年代まではベトナム全土がフランス植民地制度の支配下にあり、学校ではフランス語が教えられていた。その当時から現在までフランス語が使えるベトナム人は維持されているばかりでなく国際化の趨勢のなかで増加しているのである。特にベトナムがフランス語圏国家連合に加盟してからベトナムにおいてはフランス語が流行の外国語になっている。普通教育におけるフランス語も全国レベルのコンテストが行 われている科目である。
以上に述べた他の外国語については、時期により外国投資の増加によって、雇用の機 会に応じて、それぞれの外国の言語学習ブームが起こっている。
日本の投資がベトナムに押し寄せてきてから、日本語を学ぶベトナム人も急増した。 貿易大学の日本語クラスは1〜2クラス(1クラス25名)だが、最近では4~5クラス/年 開講している。しかも1クラス30人に増員している。
中国人がビジネスもしくは旅行で訪れるようになってから、外国語講習センターでは、中国語クラスが激増した。韓国のファッションや映画・ドラマ、製品がベトナム市場に流入してから韓国語学習熱が高まった。こうした時流は、カラオケに行くとベトナム語や英語だけでなく日本語、中国語、韓国語の歌もある現象にも反映されている。
在学中の学生にとっては、ある外国語が該当する国の留学制度や奨学金制度を目当てにすることもある。かつてはファシストの国家があった国の言語と忌み嫌われていたドイツ語が、いつの間にか西欧留学のための手段として使われるようになっているの である。
上述したことは、外国語の学習の動機となっているいろいろな理由の一部であるが、いずれにせよ積極的な面がある。外国語を学ぶことによって異なる国、民族についての理解を拡げることになり、国際化、グローバル化の趨勢に適応している。なぜなら 外国語は各民族の和合・親睦、相互の進歩を助長するものであるから。
なるほど!ベトナムでは大変積極的に外国語教育をとらえていることがわかりました。日本もぼやぼやしてはいられませんね。

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